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82段

社会学者・徳川直人の非専門・半専門の不ぞろいエッセイと日常ジャーナル

内的自己処罰: 不登校についてのまとめ

おっと・とっと 子育て
 1 マーの抗議

 マーが学校に行かず、私たちも「もう行かなくてよい」と言って、三週間目に入った。

 これまで何度か書いて、何がどうしてこうなったのか、考えてきた。

  8月9日 マー語録
  8月18日 フマンがあります:学校が嫌いないろいろな理由
  9月16日 そりゃあいやにもなるわね:「やさしさ」の病理
  10月6日 「ほめる」の天地
  10月24日 ルールのルール
  11月28日 レッテル考

 学校やカウンセラーさんに説明するために書いたものを含めたら、これの何倍かになる。手探りのような作業だった。いまも「これが原因」と断言する「確信」まではない。
 子どもの行動には必ず理由がある。しかし他面、原因と結果が一対一対応するようなわけでもあるまい。状況とは複雑なもので、他の要因もあるかもしれない。そのことについては常に戒めが必要だろう。
 だが、だんだん焦点が合ってきている気がする。少なくとも最も大きな要因には行き着いたと思う。

 まぁぼちぼちと、と言いながら、学校に戻ってほしいという気持ちが「なかった」といえばウソになる。
 いや、先生が対応してくれているから、を理由に、最後はちょっと力尽くで連れて行ったりもした。慎重に対応しようとするあまり私たちがマーを家に閉じ込めてしまってもいけない、とも考えた。
 行けば平気な顔をしているので、なんとかなるだろうと思っていた。
 行かない日、先生がプリントなどを持ってきてくれたらマーもニコニコして出迎えるので、それにも少し期待していた。
 個別的な問題と、学校なり学級の根本的な問題とを、腑分けしかねていた。

 だが、マーの次の次の言葉は、私に根本的な反省をせまるものだった。
 「ゴキゲンなフリしたの」

 

 もういい、そこに行かせたらだめだ、と思うようになってきた。原因はいまの学校生活、クラスの状況、それも、友達との諍いといった個別的な問題ではなく、その根底に作動している論理そのものにある。

 マーは、その状況に対して、正常に反応している。

 すさまじい自己否定の言葉で、私たちに、その状況を論理的に説明している。

 私たちからの圧力の理不尽さを、訴えている。

 なのに、私たちがどこかでマーのことを信じていなかった。それが最も大きな問題なのだ。

 

 2 私なんて!

  マーが次のようなことをつぶやくようになったのは7月くらいから。最初は断片的だったが、秋口からは毎日のことになった。

 

 「本当は一年生じゃないよ。幼稚園からもう一度やらなきゃいけないんだ。本当はここにいちゃいけないんだよ」。

  「小学校についていけない。算数やったらおそいし、国語はお話がわからないし、工作やったらすぐ壊れるし、体育は跳び箱ができないし。劇やると注意される。ちっともほめられないよ」。

 「劇で番を待っているとき、じっと前を向いてないといけないのに、マー、動いちゃうんだよ。他の子が動くからつられちゃうんだ。そしたら隣の子が、動かないで、って言う。マーだけへたくそなんだ。できないよー」。

 「私、頭が悪いんだ。脳がどこか壊れていると思う。何にもできないんだ。算数は[よくできる子から]指を使っちゃだめって言われる。私なんか、だめな子なんだよ。三年生で落第して、大学から来なくていいって言われるよ」。
 --こういうときに、自分の頭をグーでなぐる。

 「私、ちっともやさしくない、いじわるな子なんだ。他の子に悪いことしているんだよ。先生も怒っていると思う。先生はマーがだめな子だと思っている。と、マーは思う」。

 「4月くらいは楽しかったんだよ。でも、5月くらいから不幸になったんだ」。

 「私なんて、キライ!」

 「うまれてこないほうが、よかったのかな・・・」

 

 誰かに何か言われたのか、テレビその他のメディアで見聞きした語彙や論理を借りているのか、自分で作り出したものなのか、それはわからない。言葉の力にみずから縛られているところもあろうと思う。
 しかし、これが、4月に小学校に入ったばかりの6歳児の言葉である。しかも、学校に行くほどにひどくなる。
 --これは「いのち」にかかわりかねない事態だ、もう行かせられない、と判断するのに、何か不十分はあるだろうか?

 

 そうかいそうかい、と聞いていると、十数分でおさまる。が、また、何かがフラッシュバックするのだろう、ふいに始まる。

 あまりのネガティブさに耐えかねて、「そうかな? できることもいっぱいあるじゃない?」のように否定してしまうと、かえって激高して「できないんだよ!」と反論してくる。「先生もほめてくれたでしょ?」と言うと「本当はほめてないよ! だめな子だと思われてるよ!」と大声で泣き叫び、手が付けられなくなる。

 

 延々と聞き続けて、やっとわかった。マーは「自分が置かれた状況について必死に説明しようとしている」のだ。

 状況がこう経験されるには、それなりの文脈があろう。なのに、私たちはえてして「なぜこの子は」と、状況の問題をマーの問題にすりかえていた。声を聞き届けていなかった。これはそれに対する抗議だ。

 

 3 負のスパイラル

 家で一所懸命になだめすかし、フォローして、やっと行く。しかし、学校で毎日のように屈辱体験をしてくる。またいやがりだす。フォローが効かなくなる。

 それで毎朝がいさかいになる。私たちは苛立ち、いや苛立ちを見せないようにと神経を使う。しかし、それを子どもは絶対に逃さずキャッチして、ますますぐずる。声が荒くなる日が出てくる。

 「落ち着かない子にはたいてい親の対応の問題が」といった評論(すでにインプットされている決まり文句)が頭に浮かんで、まるで自分たちがぴったりその構図にあてはめられてしまうような烙印を感じる。

 負のスパイラルが止まらなかった。

 

 11月ころから、私たちは、登校を促さないことにした。

  私たちも疲れたし、なによりマーは身体に来ている。

 「もう行かなくていい」

 

 家でいるようにすると、だんだん落ち着き、フラッシュバックも少なくなってきた。

 が、学校に行っていない、という後ろめたさがあるのだろう、外出しようとしない。
 朝、ご飯にお箸がのびない日も出てきた。ぐずった日にとがめられたことがあったのを気に病み、あるいは、学校に行かない自分は食べちゃいけないと感じるのだろうか。「学校に行かなくても食べていいんだよ」で食べた。

 登校しないようになって三週間たってなお、月曜の朝、私たちの顔色をうかがうように、尋ねてくる。「ねえ、今日、学校、どうするの?」

 「マーがつらいこと思い出すなら、行かなくていい」。「うん・・・」。「気にすることないぞ、学校がマーに合わなかっただけだ」。「それで、マーはいま、もっといい学校をさがしている準備中なんだ。さぼってるわけじゃないぞ。あとで一緒に宿題やろうな」。「はーい!」。

 

 不登校で救われている面と、学校に行っていないという事実が新たな負の烙印になっている危険とがある。毎日、ずっと、親と顔つきあわせているというのも、また別のしんどさがあろう。

 新しい行き先が必要だ。

 

 4 「ほめる」の天地

 --マーの言うことには必ず理由がある。

 打開策の見えない閉塞感はあったものの、すでにそのことについての確信はあった。
 幼稚園で不登園になったころに比べれば、うろたえも少なかった。いま、この学校に行かなくても当然だ、という直感があった。不安がるマーについて何度も何度も学校まで行き、とくにキューちゃんは毎日のように教室のうしろで見守っていたからだ。

 

 教室では、担任の先生が、できる子、良い子について、再三再四「個人をとりあげてみんなの前でほめたたえる」を繰り返していた。それも、しばしば身振り付きのオーバーアクションで「グーっ!」。生徒の拍手をさえ促していた。

 これがマーにとっては恐怖になったにちがいない。

 先生は皆を満遍なくほめているつもりでも、生徒個々人にとっては単純計算で30回に1回になる。

 がんばったつもりで、次はほめられるんじゃないかな・・・と期待に胸をふくらませる。しかし、それが大多数は空振りになる。「ほめられない」は、思い込みではなく、事実だ。

 先生はいろんなところをほめているつもりでも、授業でほめられるのと、それ以外でほめられることのちがいくらい、一年生でもわかろう。
 マーの場合、作業のペースが合わないままなので、授業では「できない」経験ばかり。先生が手伝いに入ってくれたりするけれど、かえってそれは教室で恥をかかされているようなものだろう。

 クラスでは、上のノリで「優しい子」が顕彰される。マーはまじめなので、一所懸命に「優しい」を実行しようとしたにちがいない。「でも、他の子がさっさとやっちゃう」。それどころか、自分が「優しく」されてしまう。

 学校全体に善行報告制度がある。校長室前に次のような用紙が置いてあって、投稿できるのだ。

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 図書館利用ランキングもある。小学校一年生で、である。それがまたクラスで発表され、顕彰される。

 このように、人格にかかわることや、その子の自由にまかされるはずのものまで、学校生活のあらゆる局面が、ほめられる/ほめられない、の二分法になっていて、ほめられ競争になっている。

 マーのクラスの場合、それが名指しで学級通信にまで書いてある。つまり、他の家庭にまでさらされることになる。いわば「毎日が運動会」のようなものだ。

 

 秋の学芸会。学年全体で「ねずみのよめいり」にとりくんだ。よくできた。しかし、この前後関係からすると、かえってその「できすぎ」が気になる。

 お話はいい。--自分たちが一番、という結末。それも、親があれこれと気をもむより、子どもはきちんと答えを見つけてくる、と。

 が、その練習の過程が「お前はだめな子なんだ」というメッセージに満ちているとしたら、こんな皮肉があるだろうか。

 日ごろ、ほめているはずの先生がきびしくなり、主役の子にあれこれと注文が飛ぶ。これは怖かったはずだ。日ごろ、ほめているけれど、実は・・・

 学芸会がおわったあと、親の幾人かが書いた感想文が、教室で読み上げられたという。名前も出して。それもみんなで拍手したのだとか。(学級通信にそう書いてあった)。

 親まで「比べられ競争」に巻き込まれてしまう。

 

 幼稚園での行事も同様だったが、とにかく行事が「そこにある」。いまここのこの子たちにとっての「意義」は、すでに定式化されている。それを個々の子がどのようにして経験したのかは問われない。それでいて「子どもたち」「生徒たち」ががんばった、と、まとめられる。

 苦しんだ子がいるということから何か反省がなされる、ということはない。学級通信でもその「意義」「成果」ばかりが書かれる。反省材料や教訓は書かれない。

 「どうですか? こどもたちの堂々たる姿」。校長先生は学芸会の挨拶で胸を張る。しかし、マーの舞台裏の姿は「ビクビクした姿」にほかならなかった。

 

 授業も同様。
 基礎的な文脈がすでに「おまえはだめな子だ」と語りかけてきている。
 「先生は本当はほめてないんだよ~! 本当は怒っているんだよう! マーだけだめなんだよう」。

 いやきっと、マーだけではないと思う。
 授業中、求めてもいないのに「できました、できました」と声をあげる、優等生たちの姿。
 「心のこもったプレゼントだね。大切にするよ。友達って、いいね」。歯の浮くような言葉を羅列した模範作文。
 遅刻したマーのランドセルにとりついて教科書を出したりするのを手伝おうとした両隣の男の子。
 この子たちにとっても教室は「ほめられなければならない」という恐怖の時間・空間なんだと思う。

 

 この文脈のうえで、二年生になり、九九が覚えられただのなんだのが始まり、テストが始まったら・・・クラスが変わり担任が代わっても、同じ負のスパイラルが続くだろう。

 

 同じ境遇なのになぜうちの子だけが? 
 それが落とし穴だ。
 うちの子だけがおかしな感じ方をしているのではない。いわば「炭鉱のカナリア」だと思うべきだろう。危険を真っ先に感知し、皆に教えてくれているのだ。

 

 5  内的自己処罰

 もうすこし淡々と日常を進めていただくことはできないものか。日常ですこしおちついたと思ったら、すぐ行事がやってくる。

 その日常の文脈がまた問題だ。人前で顕彰したら自己肯定感を増すことができるという考えがあるとしたら、人間理解が浅薄すぎると感じざるを得ない。

 

 自分の力でできるようになりたいと感じるさかりの年頃、ただでさえ、できる・できないは気がかりになるだろう。個人を皆の前で褒め称える行為によって、その気がかりが、他の子との比較・競争として、枠づけられている。

 いってみればテスト結果が壁に貼り出されるのと同じだ。--毎日が公開処刑

 いや、それより過酷かもしれない。
 たとえを続ければ、良い子のばかりが貼り出されるわけである。そうして「貼り出されなかった」(つまり「ほめられなかった」)ことについては、先生がそれについて説明することはなく、生徒が自分でその意味を読み取らされる。これは「自分が内面で自分に対してする処刑」、つまり内的自己処罰となる。

 道徳的な教えや善行の推奨も、ほめられなければならないからするもの、になってしまうのでは、本末転倒だろう。弱い子探し、だめな子探しになる。優しくされることは、だから負の烙印だ。

 けれど、先生たちの目にはそれが生徒同士の「すてき」な助け合いや注意しあいに見えているとしたら? これを屈辱に感じてしまうほうが「受け止め方がヘン」になってしまうだろう。負の烙印がさらに追加される。

 

 マーはただまじめなだけ。それを素直に読み取っているだけだ。

 

 6  生活史

 生活史のなかに、とくにそうなる背景もある。マーには悔しい思い出があるのだ。

 

 幼稚園時代、特定のお友達が毎日とりついてきて、「私のほうができる」の優越感を見せつけてきていた。(その子にもいろいろ事情は想像できるので、一方的にその子を悪い子扱いしようというわけではないが、ここでは触れない。ただ、優劣関係の重層構造なのだ、とは言っておこう)。

 しかも、その子がいろいろな役や代表を射止める。しかし、マーは最後までそれが当たらなかった。

 何度も泣いて帰ってきては地団駄踏んだ。

 その子から、「どうせあなたはできないし性格も悪い」等、呪いの言葉をあびせかけられた公算もある。「他の子がほめられること」や「他の子から助けられること」を、「自分はだめな子」という屈辱、悔しい優劣関係として経験してきた。

 

 もちろん、克服体験もしてきた。ブランコで自慢されて悔しがっていたので、休日に公園で「とっくん」にとりくみ、上手になった。その経験を覚えているのだろう、今も、体育のことを気にしながら、私が帰宅してから、夜に時々、公園でダッシュと縄跳びの練習をしている。

 母親が付き沿って宿題にも取り組んでいるし、いきなり授業になるのではなくて教科書の下読みなどもするようにした。

 が、宿題のほうは、だんだん、取り組みがのろくなっているように見える。漢字の書き取りなどは、だいたい良いのに、何度も何度も消しては書き直す。ノート一頁の書き写しに30~40分かかってしまう。「だいたい良いんじゃない?」と言うと、猛反発して「直されるんだよ!」。

 家では科学の本とか図鑑などを喜んで見ているのだが、「勉強」はだんだんいやになってきているように見える。当人的には「がんばってもどうせ認められない」という経験になっているのではないか。

 

 「他の子がほめられることがトラウマのようになっている」と考えると、他にも理解できることがある。

 たとえば、うちでも、テレビに出ているプロのピアニストについて「上手だね~」と言っただけで「私は下手なんだよ!」と怒り出した。

 最近、学校で誰かが「あの子、かわいい」と言ったのが耳に入ったらしく、そのとき以来、鏡を見ては「私、かわいくないんだ」「もっとかわいくなりたいよ」と繰り返すようになった。

 これはちょうど、たとえばカップルでテレビを見ていて、幼稚な男がテレビのアイドルについて「かわいい」を連発していると、女性側には「お前はかわいくない」という裏メッセージになってしまいかねない、というのに似ていないだろうか。そこから取りなしても、もう遅い。今、マーのなかでは、どんなにほめられても、「本当はほめられていない」という裏メッセージを強めるばかりなのだ。

 

 マーはそういう「言外のメッセージ」を読み取り、それを言葉にする力がすごいので、それが自己否定発言になっている。

 「そう見なされているにちがいない」という推論、訴えなのである。

 

 できるようになりたいという心はもちろん大切で、悔しい思いをしてきたら応援するということも必要だろう。
 しかし、今の文脈で「できるようになればよい」と考えるのは、非常に危険だろう。現状のままでは、がんばってできるようになったとしても、2番になったとたん無価値になり、存在理由を失う。

 

 7 転校を考えることに

 行きたくても身体が止まっている。

 --状況を考えると「正常な」反応ではないだろうか。

 解釈の当否はともかくとしても、小学校一年生にここまで言わせる状況に何か問題があるのはまちがいない。当人の性格や生活史にも要因があろうが、それがマイナスにばかり増幅されているなかで「あなたの感じ方」を問題にすると、当人にとって最後通告に等しく、いっそうひどい自己否定につながりかねない。

 

 親としては、もうこれ以上に登校を無理強いしたくない。危険を感じる。

 強烈に嫌がるので無理強いもできない。

 かりに登校したとしても、これ以上にマイナス体験ばかりさせることが良いとはとうてい思えない。

 

 自分たち親の責任を棚に上げた学校バッシング、ではない。マーを信じる、ということ。責任をもってマーの言葉を聞くということ。

 ネガティブな諦めではなく、イヤダと言える子の力を喜び、それを表現できる雰囲気をまがりなりにも保てたことを喜ぶ、ということ。

 

 私たちは「転校」を考えることにした。

レッテル考

身振り手振り おっと・とっと 子育て

 最近、ある小学校で防災教育の授業を見学する機会を得たおり、その冒頭が「親からもらった大事ないのち」をノートに書き写させる、ということだった。
 はてさて、なにも道徳と結びつけんでも・・・後日あらためて考えてみると、これじゃうまく避難できんかった人は「親不孝者」になってまうやん・・・と。
 つまり、「ラベル」「レッテル」を、指さし名指しの明示的な名づけとしてではなく、「言外の暗示」「論理的な含意」として考えることができるのではないか。
 「サルでもわかる物理学入門」みたいなタイトルの本があったとして(どこかで見た気がする)私は買う気になれない。もしわからんかったら「おまえはサル以下だ」になる。言い換えれば、「理解強制装置」だ。
 「いのちの教育」において、教室で誰か表彰されたりしたら、それ以外の人には「いのちの大切さもわからない人でなし」を意味してしまわないだろうか。心配される意図せざる効果、事実上の逆効果として。
 「やさしさ」が推奨され、善行を先生が名指しで誉め称え、皆に拍手をうながしたりする教室では、それと同様の「負の烙印」が発生していると考えられないだろうか。
 「私、やさしくない、悪い子なんだよ」とつぶやくようになったうちのマー(娘6歳)は、そのことを率直に読み取っているのだと思う。
 私だっておんなじだな。「補助金」があって初めて「エフォート率100%」になる、それが奨励され評価項目になっている職場では、「資金が取れない私ゃ、どーせろくすっぽ仕事もしてない役立たずでございますよ、ええ、能ナシでけっこうですから」って、ひねくれたくなる。
 --誰もそんなことを口にしなくとも。

ルールのルール

身振り手振り おっと・とっと 子育て

 どうやら「きちんとまもらなければいけないルール」と「てきとうにやぶってよいルール」があるらしい。でも、どちらがどちらなのか、わからないんだ。

 たいてい「まもらなくてもいい」みたい・・・というか「まもってはいけない」ことらしいんだけれど。

 

 たとえば、こうさてんの「とまれ」はぜったいにまもらなければいけない。とまって、みぎ、ひだり、みぎ、って、みてからわたる。でないと、おとうさんもおかあさんも、まじめなかおになって、「あぶないよ!」とちゅういする。

 でも、「50」てかいてあるみちで、おとうさんがくるまで50ではしっていると、たいていおいぬかれる。「あれはいけないくるまだ」とおとうさんはいうけれど、おとうさんだってときどき「55」くらいになっている。「まぁこのくらいはいいんだ」って。

 

 けいさんの「おてほん」は、きちんと、そのとおりにやらないと「まちがい」っていわれる。

 なのに、ひらがなやかんじの「おてほん」は、そのとおりにかきうつしていたら、ぜったいにまにあわない。いつもせんせいがあかペンでなおすから、ひゃくてんがとれない。「100」てかいてあるけど、なおされているから、ほんとうは100じゃないんだよね。

 それでいつもみんなよりおそくなって、マーはだからじぶんがだめなこだとおもって、ほけんのせんせいにそうだんしたら、「かんぺきしゅぎだとしんどいよ」っていう。

 じゃあ、ほかのこは、できてないのに「はい、はい」って、てをあげてるのかな。それってずるいんじゃないの? それとも、きまりなんかまもらなくていいの?

 (以上、「マーがもし社会学者だったら」でした)。

画餅制度

過去記事(2010年~11年頃だったかな)の引っ越しです。再アップ時、文言を一部変更

 

画餅制度

 

 カルト」にたとえられる制度(1)がある。ここにいうカルトとは、「形骸」と化した、内実を失った形だけの儀式、の意。つまり、なんらかの良い社会的な習慣を「制度」として固定化したところ、はじめは効果的だったのに、環境や条件が変化したためにだんだん内実を失い、おしまいには形式的な手続きとしてだけ残っている、といった制度のことである。

 これに類比して、画餅制度とでも呼べばよいのだろうか。新しい習慣をかたちづくることを目的につくられたのだが、それが生活の実態と余りにかけはなれていたり、目的達成のための手段が貧弱すぎたりして、実際にはほとんど実効性を持っていない制度のことだ。たぶんこんな専門用語は存在しないのだが、ここではそういう意味で用いることにしよう。

 私がとりあげようとしているのは男性のための育児休業制度である。取得率が1%台という数値は、これを画餅制度と呼ぶのにふさわしい。

 そんな制度でも、私たちはそれを取り扱わなければならない。利用を申請したり受け付けたり、少なくとも関心を持ったりしなければならない。そのことが人にどんな影響をあたえ、いかなる態度をつくってしまうことになるだろう。そしてその態度がひるがえってどんな現状を固定してしまうことになるだろう。
 いわば、画餅であることによって発揮する能動的な機能。それがここでの関心である(2)

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 出産前後に休みをとりたい。私は職場の所属部局でそう言って休業制度の利用を申請した。
 制度があるのだから、申請すれば利用できるのだろう、とくらいに考えていた。業務をどうするかも、やり方が決まっているにちがいない。ただ急にはできないだろうから、と考えて、予定日の半年前に担当窓口を訪ねたのである。

 しかし、結果は狐につままれたようだった。係の席で、一瞬、空気が氷ったように思われた。「え? 先生が・・・お取りになると?」。

 調べてもらっても「就業規則にないようです」といった答え。
 そんなはずはない、と、私は強い意志で折衝した。『母子手帳』を持っていって、このように父親も休業をとることができると書いてある、と示した。

 結果、やっと制度の存在を知ることができ、担当者の協力もあって、産前産後の「特別休暇」をとることもできたが、しかし「育児休業」についてはひとまず断念した(3)

 私が取ろうとしたのは、私の職場が全体として定めている男性職員用の「育児休業」制度である。子が3歳になるまでのあいだに取ることができる。そのあいだは無給。妻の状況は問われない(4)

 だが、折衝してみてわかったのだが、「仕事は休んだ分も含めて自分でなんとかするべきだ」ということらしい。「じゃあ、休業のまえにまとめて」とか「あとでまとめて」という話になった。休業制度はあっても、業務についてはどうやら何の規定もないらしいのである(5)
 専門職だから交代しづらいことは理解できる。だが、それを言うなら休業制度はそもそも存在できないのではないだろうか。

 前例を調べてもらったら、この制度の利用前例(6)は「1」だという。
 それはそうだろう。仕事を休業の事前か事後に(あるいは休業中に?)自分でやりくりすることが簡単にできるくらいなら、休業はもともと必要あるまい。これでは前か後で死にそうだ。
 なんとかこなすとしても、休業中は無給なのだから、明らかに無償労働だ。
 これでは育児支援というよりむしろ「育児懲罰制度」に近いではないか。そして職場は経費(私の分の賃金)が浮く(?)だけのことだ。

 問い合わせても、対応してくれていた係員も困ってしまった。そこで改めて本部に問い合わせたら「どうぞ積極的にお考えを。委細は所属部局で」と差し戻された。その所属部局では、どうしたらいいか、誰もわからないのだ。

 もちろん全体としての職場は「男女共同」を謳っている。

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 画餅制度の社会的機能は、第一に、制度を設けることで、事業体が「私たちは、その理念に賛同しています」と、公にアピールできるようになる、ということである。
 形骸(冒頭の「カルト」)と化した制度でも、それを維持することは、理念の保存という役割を果たす。それと似ている。

 もっとも、対外的なアピールのためには、内部的に指示や指導をおこなわなくてはならなくなる。そこで画餅制度の第二の機能は、職員に「積極的」な制度利用を訴えることができるようになる、ということである。

 ということは、これと連動するが、機能の第三は、勤労者の「意識」、とりわけ「問い合わせ」をおこなった当事者の「意識」への帰責である。
 すなわち、国は法を整備し、職場も制度を整えてあり、利用を呼びかけている。なのになぜ利用が少ないのか。答えは、私が「積極的」ではないから、ということに帰着させられてしまいかねない。当事者は「積極的」であるべきなのである。

 実際、私じしん、男性の育休取得者が非常に少ないことを、残念に思っていた。それに抗して、自分はなんとか取ってみようと思っていた。
 しかし不覚であった。
 確かに、要望すれば誰も「ノー」とは言わない。言えない。むしろ、「積極的にどうぞ」とさえ、言ってくれる。しかし、出されるのは画に描いた餅なのだ。
 その制度の不足分、つまりこの場合、仕事をどうするのか、どうしたらよいのかは自分で考えろ、自分で補え、少なくとも職員同士で補いあえ、ということらしい。
 制度の現状で「積極的になれ」とは、ムリを自分で打開せよ、という意味だ。

 そして、しかし、画餅制度の機能の重要な特徴はこの先にこそある。すなわち、第四に、画餅であることへの批判を許さない、ということである。

 問題含みの事態であるのはわかっている。しかし、これは「難しい問題」なのである。だからみんな自分でなんとかしようと努めている。それをここで言われても、どうしようもないではないか。対応する係員を困らせては困る……

 こうしたレトリック(7)によって、問題だと騒ぐ私こそ問題である、ということになる(草柳 2004)(8)

 こうして私は、1)積極性に欠ける男性意識、2)協調性に欠けた権利の主張、という二つの潜在的なレッテル貼り(ラベリング)の中で言動しなければならなくなる。

 この二つのレッテル貼りは、前者に抗して積極的になれば後者が発動し、後者に配慮してほどほどの姿勢でいれば前者が発動する、という関係にある。つまり画餅制度は、いずれにせよ当事者に負の烙印を押す。

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 こうした事態の底に流れているのは、社会的強制としての労働の制度上の不問である。換言すれば、普段通りで健常な、その両方の意味での「ノーマル」な労働の、当然視である。「専門職」「裁量労働(9)は、その自発的自己管理の論理によって、この社会的強制性を見えにくくしている。

 制度的にこれが問われないでいると、個々人にとってその強制性は与件となる。この事態は、多くの場合、性別役割の固定化とセットになる。そこでの性別役割の規範化、いやむしろその自発化を促す。

 性別役割に関するフェミニズムからの社会批判が「個々の男性に対する対する批判」として響くとき、男性の多くはそれを冤罪と受け止めるだろう。なぜなら、それらの批判は、問うことのできない与件としての強制的な労働を「自己実現」と呼び、ストレスに満ちたしがらみを「社会参加」と言って、支配され搾取さえされている自分を主体的な既得権者と見なしている、と写るからである。
 こうして労働条件の不問は、女性の声に「耳」を貸すゆとりを、男性から奪う。

 固定的な性別役割について反省的に受け止めることのできる男性にあっては、それはいわば入れ子構造の体験となる。すなわち、職場においては受動的な被支配者である自分が、家庭領域では女性に家事育児を引き受けさせる支配的な社会構造の代行者になっていることを自覚せざるをえない、という体験である。
 これは矛盾である。当の男性にとって、厳しく問うことなく寛容してもらわないことには、生活が成り立たなくなってしまう。

 もちろん、妻もそのことを「察して」いるだろう。とりわけ、いったん「社会進出」を経たあとで結婚した妻たちは、職場のきびしさをよく心得ている。
 それと符合して、男性の育児参加の重要性を認める育児書でも、夫の役割を赤ちゃんの首がすわってからの遊び相手として説き始めるなど、男性の多忙に「配慮」した表現が珍しくない。
 つまり労働条件の不問は、女性が訴える「声」を抑制しもするし、性別役割の強制に対する批判の声を女性が聞く「耳」をも奪って、家事育児役割の取得をうながす。

 むろん、「男だから」「女だから」を根拠とした役割の割り振りについて、疑問がなくなったわけではないだろう。価値観が保守主義化しているのだ、と嘆じるのは、短絡的であると思う。

 重要なのは、このようにして、妻が夫の労働条件に「配慮」して家事育児をみずから引き受け、夫がますます労働に埋没しながらそれに「感謝」する、という関係が成立することである。また、そのような役割の取得によって収入を確保するのが最も現実的な方法だという推論が促されることである。性別役割の取得は、社会的強制としての労働を前提とした「自発的」で「思いやり」に支えられた適応となるのである。

 こうした次第で、固定的な性別役割に対する批判は、世の嫌われ者になる。それは、せっかくやさしい思いやりで生活を成り立たせているのに、個々の夫婦のあいだに軋轢をもちこもうとしているものだ、と誤認されるからである。

 男性が育休をとることは、こうして正当化されている性別役割への違反となる。だから、育休を希望する男性は、自分自身を労働の義務に対する違反者として世間にさらすことになるばかりか、妻をも、夫の仕事に対する「理解」や「配慮」の足りない妻として、世間にさらしてしまうことになる。

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 労働のこの不問は、「男女共同」のイメージを、特定の方向に誘導することにもなる。
 労働には触れるべからず。しかし男女共同は実現すべきだ。だとしたら、論理的にありうるイメージは、役割を逆転させた夫婦がいてもいい、といったものになる。すなわち「仕事女と家事男」というカップルの許容である。

 従来の「仕事男と家事女」一辺倒だった社会構造と比較すれば、そんな構図にも意義はあろう。だが、それは一次元的な性別役割のとりかえである。

 つまり、夫婦のどちらか一人を仕事専従者として出し、他方を家事専従者にする、個人をとってみれば、仕事をとれば家事ができず、家事をとれば仕事に出られないという二者択一状況に、変化は生じていない。換言すれば、「仕事女と家事男」は長時間の労働という「働き方」をなんら変えなくとも実現可能なのである(当該の女性が家族賃金を得ることができるのなら)。
 だから、この枠組みのなかで「女性の社会進出」と対応することになるのは新しい男性像としての「主夫(10)であることになる。

 それは、個人における仕事と家庭の両立(ワーク=ライフ=バランス)、つまり多元的存在の許容とは、異なる原理である。いや、対立する原理だ、とも言える。

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 育児休業法の改定で、妻が専業主婦でも夫が育休を取れるようになったし、共稼ぎの場合にはそろって育休を取っても良いことになった。上の観点からみれば、これは大きな前進だったと言えるだろう。

 しかし、2009年度の男性の育休取得率は1.72%だという厚生労働省の調査結果が出た。これについて報じた新聞記事「パパの育休 厳しい現実」のなかで、あるコメンテーターは次のように述べた。
 「次のステップは企業側の運用であり、働き方の見直し」。
 しかしまた、同じコメンテーターは次のようにも述べている。 ――年休を「2、3ヶ月もためている人が多いのに、無給の育休を取らなければならないとしたら…。育休にこだわらず、年休を使ってもいいはず。重要なのは子育てに参加すること」(『河北新報』2010年9月3日付)。

 「育休にこだわらず」とのコメントは、改正育児休業法でも画餅にすぎないと指摘したに等しいであろう。確かに、そのくらい厳しく現状を認識しておく必要がある。また、年休を育児に使うことも有意義である点、言うまでもない。しかし、だからと言って、「年休を使ってもいいはず」との提言では、育児休業法は必要ないと述べているに等しいのではあるまいか。

 「企業側の運用」が問題ならば、求められるのは、「年休」ですら消化できない人が多い労働実態の、制度上・組織上の原因の分析であるはずだろう。ところが、こうした場合の分析は、勤務する個々人の「意識調査」としておこなわれていることが多い。
 上に引いた記事でも「職場に配慮」「お金の不安」といった言葉が見出しにのぼっていたのだが、これは社員に聞いた結果だろう。問題設定と調査方法がずれている。

 これは社会調査の技術や方法について無頓着な「アンケート」が安易におこなわれる社会の弊害でもあろうが、ともあれこうして、休業が取得できない「原因」を労働者に尋ね、しかも「職場に配慮」と答えさせるのが、この社会の風習なのである。職場が「勤労者に配慮」してくれることのほうが珍しいにもかかわらず。

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 ある雑誌の記事は、こうした事態がどういうことにつながるか、はっきり示している。すなわち、上記の「配慮」「思いやり」それじしんの社会的強制ないしは偽装である。

 「イクメンって、パパたちに浸透している?」「認知度は上々。“休日イクメン”が増えています」。
 そんな見出しのその記事は、「都内某所」で街頭インタビューをおこなった結果を報じたものである。それによれば、「イクメン」という言葉は、妻も夫も9割程度が知っていた。しかし、では夫たちは実際に「イクメン」しているのか? 男性たちの回答は次のようであった。

 事例A) イクメンと言えば「休日はもちろん、平日も仕事を早く切り上げて帰宅し、育児をするイメージがあります。僕は、平日は仕事で遅いので、そこまではとてもとても」(8ヶ月の男の子を持つ30歳男性)。イクメンは「別世界」の人のようだという。

 事例B) 「イクメンと呼ばれる方の中には育児休業を取って赤ちゃんのお世話をする方もいるそうですが、僕には考えにくいですね。前例もありませんし、職場の雰囲気も・・・」(1歳7ヶ月の男の子を持つ27歳男性)。イクメンプロジェクトが推進している育休取得は「ハードルが高い」ようだ。

 具体的事例の紹介はこの2例だが、雑誌のまとめによれば、イクメンという言葉が広がることには総じて「賛成」だが「わが身を振り返ると平日は忙しく、ほとんど育児していないのでイクメンとは言えない……」が「大半」だったという。

 その一方、「休日のイクメンぶりを評価するママの意見」が目立ったという。

 事例C) 「昼間はずっと赤ちゃんと向き合っているので、帰宅後、パパが私の話を聞いてくれるだけで心が落ち着きます。休日はたっぷり育児してくれますから、平日は今のままで十分」(28歳)。

 事例D) 「パパは平日も『もっと育児しなくちゃ』と思っているようですけど、休日は子どもたちと遊んでくれるし、何よりも『してあげたい』という気持ちを持ってくれているので、私的には100点満点のイクメンです」。

 そこで同誌はこうまとめる。「日ごろからママと赤ちゃんを気にかけ、休日は育児や家事をこなす“休日イクメン”が、今どきの……[略]……スタンダードになりつつあるようです」(以上は『ひよこクラブ』2010年11月号より)。

 こうした「街の声」式インタビューによって統計学的な一般化としての「スタンダード」が見いだせるわけはないので、これも社会調査の方法としては論外である。
 だがともあれ、この記事が実際のところおこなっているのは、「あなたはイクメンか?」といった質問にプレッシャーを感じたであろう夫たちを、「大切なのは気持ち」と論をすり替えて慰撫し、そのかわり「休日イクメン」をすすめ、妻たちに「平日はもう十分」と語らせ、男性への「感謝」を要求する、ということである。

 労働はやはりアンタッチャブルであり、育児休業は実際には必要なく、こうして思いやり合うことがなにより大切、というわけだ。

 つまり、「社会の現実」が人にどんな生活を要求しているのか、誰かが教えたり指導しなくても理解できるようになること、つまり現実の論理を自発的に読み取らせる。この推論の強制が画餅制度の最も重要な機能である。

 この自発的読解が重要な問題であるのは、それが過剰な適応を生むからである。
 たとえば、「休日イクメン」の論理は、男性たちの平日における家事育児を免除し、いやむしろそうである「べき」ことにするだろう。もし平日にイクメンを実行している人があれば、それは、いかんともしがたい事情を抱えた人の不幸か、あるいは、恵まれた労働条件にある人の特権なのだと、枠づけるだろう。特別な事情もないのに男性が家事育児にかかわれば、妻に「恥」をかかせるか、自分の特権を周囲に見せびらかすことになる。

 通常、人々の「ジェンダー意識」と呼ばれているものは、この自発的な過剰適応の論理なのである。

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 そしてまた、画餅制度の最後の役割は、このようにして自分の存在を隠す、ということである。

 「気持ち」と「休日」で対処するのが「スタンダード」ならば、育休制度は存在する必要があるまい。
 そもそも、記事中のある男性が言うとおり「生活の保障がない限り、育児休業を取るのは現実的に厳しい」のだとしたら、いったい誰がその制度の子細を調べてみようとするだろうか。

 これが「人々の無関心」と表現されることになる。だが、それは誘導され強制された無関心だと言うべきであろう。

 私は、自分の職場に男性職員用の育児休業制度があることを、知らなかった。
 出産の予定がわかっても職場が「こんな制度がありますがどうですか」と言ってくれることはないし、着任時などに私の権利についてひととおりの説明を受けたといった記憶もない。ほとんど暴力に近いほど大量にやってくる「事務連絡」のどこかに書いてあるのかもしれないが。問い合わせても案内すらされない(11)。系統的に前例も把握されていない。もともと前例も少ないので周囲から漏れ聞くこともない。

 目を閉じている時、空に月は実在しているか、という問題がある。半ば冗談、半ば哲学の難問として。
 とりあえずの答えは「実在していないも同然」であろう(論理的には中途半端なのだろうが)。空に月が皓々と輝いていても、この部屋からはそれが決して見えないのである。制度が全体としての職場に存在しても、部局の末端ではそれが参照されない(12)

 つまり、情報環境としてはまったくの孤立状態となる。この孤立を打開するには、「強く」ならなければならない。五里霧中のなかで、自分以外の何かがおかしいのであって自分がおかしなことを言っているわけではない、と考え、何を正当に求めることができるのか算段し、計画として具体化するのは、強い意志を必要とすることだからである。そして、その「強さ」は、しかし、「騒ぎ立て」だと解釈されるに十分(13)だ。

 画餅制度にアクセスしようとすると、もうそれだけで、問題を個人化する構図にはまってしまう言動をみずからとってしまいやすい。初志貫徹しようとすれば、世間で成り立っている閉じた循環を相手にしなくてはならなくなるので、非常に重い負担となる。しかし、挫折すれば、ますます、最初の訴えはやっぱり一時の騒ぎ立てだったのだ、と受け止められることになるだろう。
 奮闘しても徒労でマイナスのレッテルだけが残るなら、危うきに近寄らず、が、得策というものだ。

 取得率1%台のリアリティとはこういうことだ、ということか。画餅を画餅たらしめている構造的な強制力の存在を、それは示している。

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(1)社会心理学や相互行為論の草分けとされる一人、G=H=ミードの論。→本文へ

(2)だから、以下、本文に関係する誰か彼かを論難しようという趣旨ではないので、念のため。対応してくれた係も困惑していたであろう。その相互の困惑が、「騒ぎ立て」「問題行動」とそれに対する「説諭」「注意」になってしまった理由を考えたいのである。→本文へ

(3) 取得した「特別休暇」は、2日間の「配偶者出産休暇」と5日間の「育児参加の休暇」である。その後、有給休暇を2週間まとめて取って、しのぐことになった。→本文へ

(4) この制度について詳しいことが、実は、私にはまだわかっていない。たとえば、育児休業はどのくらいの期間にわたって取得できるのか。というのも、担当係自身、この制度の存在を知らなかった様子だからである。
 母子手帳には、事業所とのあいだで取り決めがなくても8週間は取ることができる、と説明されていたので、私は8週間を要望した。→本文へ

(5) 人事部門では休業を認めてもらうことができた。経理もすぐさま対処してくれた。しかし、実際に仕事をどうするのかということは、関係する複数の部局と私が直に折衝しなければならなかった。で、業務をどうするかについては規定がないらしく--ということすら説明されなかったので「らしく」なのだが--前例もあまりないらしく、どうしたらよいかの応答もまちまちだった。しかし、「無給になる分、しなくてよい」という答えだけはなかった。→本文へ

(6) 実際の回答は「2」。しかし一つはすでに退職された方の例であって、現行制度の下でのことかどうかもわからないので、除外せざるをえない。
 じつは、他にも事例はあったのだが(しかも一般向けに詳しく公表さえしている)、それはあとで知人から教えてもらってわかった。→本文へ

(7) 「係員を困らせるようなことをするな」という論難は、私が(というより私の「問題行動」について注意を受けた上司が)事務的折衝のなかで直に経験したものである。
 「問い合わせ」が係員個人に対して難題をふっかけているかのように受け止められるのは、「組織」としての対応が「ない」ことを示しているだろう。
 それはさらに、「これは職場としてもいかんともしがたいことなのだ」(なんとなれば国の定めた制度それじたいが不十分であり、それをここで云々しても埒は開かない)という免責の論理を隠し持っているだろう。
 また、事務的折衝では「困った時はお互いに助け合うべきですよ」等とも(これは私が直に)言われた。具体的にどういうことなのか説明はなかったが、休業分は部内の同僚に交代してもらえ、という意味らしかった。だが、風邪を引いて二三日休むときの助け合いとは違う。それと比べるならば、育休は、1)程度がちがいすぎるし、2)お互い様の構造が成り立たない。助け合えるはずがないだろう。
 要するに、制度は、事実上、存在しない。だが、このように、「制度上の不備があっても、担当窓口でそんなことを言われても困るだけであるから、個々人が努力して補うのが本筋だ」という前提が通用している点に、注意すべきであろう。それこそが「規定にない」ことだろうが、しかしこの場合、規定は問題とされないのである。
 「官僚制」の事務機構において、この論理が通用するのはなぜでありいかにしてなのか、つまり「規定の遵守・適用」と「規定の不問」とがどのように使い分けられているか、分析的にはそれが解明課題となろう。→本文へ

(8) 草柳千早は『「曖昧な生きづらさ」と社会』(2004年、世界思想社)のなかで、問題の経験を社会問題として訴えてゆく行為(クレイム申し立て)が、根拠のない「騒ぎ立て」として受け止められ、かえって申し立てる個人の性格や振る舞い方のほうが問題とされて、問題提起の発言が失効させられてゆくメカニズムを分析している。
 私の育休取得をめぐるトラブルは、その分析通りの経過をたどったと思う。
 私の育休希望が「迷惑な騒ぎ立て」とされた文脈には、次の二つが考えられる。すなわち、1)育休を希望することじたいがおかしい、という意味と、2)取得の仕方についての希望がおかしい、という意味と、である。
 男性の育児休業の趣旨が、「困った時」、つまり「育児担当者がいないような困った場合を想定したもの」と理解されていれば、私の育休希望はそのように「特別な事情」を持っていないので、1)で理解されることになるだろう。
 男性の育児休業について「制度上の不備は自分の危険負担でなんとか補完すべき」と理解されていれば、私の疑問(これはタダ働きではないか)は、2)で理解されることになろう。おそらく実際にはこの二つが重なっている。
 私は、自分が育児にかかわろうとすることについて、特別な事情の申し立ては必要ないと思っている。しかし、人々の枠組みではそうではない。なにしろ有給休暇や定時退勤ですら「それでは仕事は終わらないし、周囲に迷惑をかける申し訳ないことなので、やむをえない場合に限ってとるもの」になりがちで、それゆえ「特別な事情の申し立て」を求められる社会である。まして長期の休業など、よほど特別な事情でもなければ、認められるはずがない。
 労働環境の現状は、このように、休暇や休業を「迷惑」「勝手」として枠付け、それゆえ、無条件で取得できるはずのことを「特別な事情の申し立てを要するもの」にしている。それゆえ、制度の不備も「個人が補うべきもの」になっている。
 私の育休取得希望は、こうして、二重の意味で「おかしな物言い」と受け止められたのであろう。
 一般には、「イクメン」や「ワーク=ライフ=バランス」も、同様の文脈で枠づけられている危険があろう。つまり、特別な事情を持つ人が特別ながんばりで達成すべきこと、と。それはその限りでのみ美談となる。「社会」に訴え始めたら、それは騒ぎ立てとなる。→本文へ

(9) 育休を取らずに対応した結果、フラフラになった。しかしまぁ、それでもなんとかなったのは、私が専門職で、自己裁量の労働条件であるからにちがいない。メリハリをつけることが何とか可能だった。確かに恵まれた条件である。
 とはいえ、それは半ばタテマエ。実際の仕事の大多数は私の裁量でどうにかできるようなものではない。
 「なんとかなった」のはスレスレの偶然だった。つまり、幸運なことにも出産が非裁量的な業務の多くがちょうど終わった2月末だったのである。出産がもし繁忙期の真ん中だったら夫婦のどちらかが倒れていたかもしれない、と思う。
 と、こう述べれば、「みんなそうなんですよ」とか「まだまだ恵まれているほうだ」といった「批判」がすぐ出てくるのが、この社会の現状でもあろう。不幸合戦、奴隷合戦が始まってしまうのだ。
 私じしん、迷いはある。これだけ若者たちが苦しんでいる社会で(研究者のタマゴたちも同様なのである)、定職者だけが仕事をやりくりできるのであっても、こんな非合理なことはないだろう。育休のぶんの仕事を、機会に恵まれない若手にまわしてもらいたいものである。私を無給にするなら、そのくらいのお金は浮くはずだが、交代も許されないのだとしたら、そのお金はどこへ消えるのだろうか?→本文へ

(10) 2010年8月19日付『河北新報』の一面コラム「河北春秋」は、日本の男性の家事育児時間の際立つ短さを指摘しながら「主夫」の意義について論じている。しかし、労働時間の問題には触れていない。男性における「ワークライフバランスの意識改革」と「家事育児力アップ」を説いてはいるが、しかし、「主夫」は「ライフ」に特化した表現であって(「ワーク」は少なくとも一時的に免除されている)、だとしたら、これは「ワークライフバランス」とは言い難いであろう。
 関連して、ジェンダーの問題提起が、えてして、性別役割をとりかえる主張だと受け止められる傾向が強いのは、こうした社会的条件の素地があるからではないだろうか。→本文へ

(11) 妻の条件にかかわらず夫が育児休暇を取ることができるらしいことは、母子健康手帳で初めて知った。→本文へ

(12) このように、日本社会では、国家が定めた法律よりも事業体の規則が、事業体全体の規則よりもその部局の取り決めが、そしておそらく取り決めよりも慣習が、優先される傾向にある。しかも、それが「現場の実状」とか「仕事本位」といった論理で美化されている。政策に変化があってもこの習いが変革されるとは限らない。→本文へ

(13) 就業規則に存在しないという回答に対して、私は、「わが職場に法令は関係ないというのなら労働局へ相談に行くしかない」と答えた。それでようやく、上記の育児休業制度があることを案内された。この場合は熱心に対応してくださった係員なので念のため。おそらくその人ですら五里霧中だったのである。→本文へ

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「ほめる」の天地

おっと・とっと 子育て

 「図書室利用ランキング」が発表された。うちのマーはクラスで10位。

 よかった、ほめられて・・・という話ではない。

 「小学校一年生」に図書室利用ランキング? それを聞くだけで私などは暗澹たる気分になってしまう。

 

 なぜこうなるというに、おそらく「ほめる」ことと「人前で顕彰する」こととが混同されているからではないか、と思う。

 

 うちでも「ほめて育てよ」を心がけているが、ほめるっていうのは、できないものを無理にほめることでも、やたら賞賛することでもなく(そんな無理矢理のほめかたはおかしいと子どもだって気づく)、ましてや厳しく特訓してできたらほめる、っていうのでもない。それらは根本に「否定」を含んでいる。えてしてそこが伝わる。

 そうではなく、できなくて悔しがっていたら一緒に悔しがり、何かできたら一緒に喜ぶ、そういう意味での「受容」が基本なんだと思う。「苦楽をともにする」とでもいえばよいだろうか。

 だから、「今日は疲れたな!」とか「このパスタおいしかったね」っていったことも十分に「ほめる」なんだと思う。「字が上手になったね」も、そういうことだ。

 

 ところがこれが教室状況となり、先生が生徒を人前でほめるとなると、同じ「よくできたね~」も、とたんにややこしくなる。というのも、みなに対して冷淡(といって悪ければ淡々とした態度)になっても「公平」ではありうるが、ほめ始めるとたちまち「不公平」になりうるからだ。

 つまり、子どもからみて、他の子がほめられれば、自分が「ほめられなかった」ことになる。(「ほめて育てるから打たれ弱くなるのだ」という人があるが、それはおそらく事実誤認を含んだ謬見である。特定の子をほめることが他の子を「打って」いることに気づかねばならない)。

 

 授業でできる子は目立つ。おのずとほめられる。でも、それだけをほめていたら、この不公平が埋められない。

 だから、級友に対してやさしい行動をした人も、やっぱりほめなきゃいけない。帰りの会で拍手。

 お掃除でがんばった人も学級通信でとりあげてあげなければならない。

 給食の配膳でがんばった人も・・・

 

 きっとそんな機序で「ほめる機会をつくるために、あらゆる局面で序列が作り上げられている」という結果になっているのではないだろうか。

 それが子どもにとっては「生活のあらゆる局面がほめられるための競争」になってしまっていないだろうか。

 

 そんな下地のなかでは、授業中の作業の早い遅いも、子どもにとっては重大な意味を持つことになるだろう。

 

 今日は授業参観。最初は先生の字の書き写し。静かに書き写す子どもら。と、そこここから「できました」「できました」という声。

 先生は「静かにゆっくりやっている人もいるから黙って教えて」とフォローしてくれたけれど、止まらなかった。

 作業の遅いマーはもう落ち込んでしまって半べそ。書き写すべき文章もお説教みたいな内容でつまらなかったのだろう。作業が遅いというよりも「わからーん」という拒絶反応みたいだった。

 先生が机の前でしゃがんで応援してくれるが、居並ぶ保護者の面前で自分だけ先生に助けられている。気分は最悪だったろう。途中でふらふらたちあがって保護者席まで来て「つかれた~」、ダウンしてしまった。

 

 本人にとって入りやすい話題・課題と、そうでないものとの差が大きいのかもしれない。励まして着席させ、別の教材が出てくると、がぜんゴキゲンになった。

 得手不得手はあってよい。けれど、それが個性の認識ではなく、なにもかも優劣として経験されていないか、そしてその「劣」体験が「できる」ことまで塗りつぶしてし、それが否定的な自己観念を強めてしまっていないか。そこが心配だ。

 

 ほめるのは、人が見ていないところで、マーだけに、こそっと、一言、やってもらえないものだろうか。(もちろん、他の子にも)。そのほうがよっぽど「先生が見ていてくれる」気分にもなると思うのだが。

そりゃあいやにもなるわね: 「やさしさ」の病理

おっと・とっと 子育て
  1

 ここのところ、帰るとたっぷり報告が待っている。ネガティブな自己イメージがとても気になる。

  「わたし、あたまがわるいんだよ。かんがえるちからがないんだ。ゼロなんだよ。さんすうのけいさんで、ゆびをつかわないと、できないんだ。あたまでできないの。ゆびでやろうとしたら、となりのKくんがゆびでやっちゃだめっていうんだよ。みんなできるんだ。マーだけできないんだよ。かきうつしのときも、なかなかできなくて、はっとしたらたいいくがはじまりそうになって、しまったー!となって、せんせいにてつだってもらって、やっとまにあったんだよ。いつもマーだけおそくてだめなんだよ。どうやったらかんがえることができるのか、わからない」。

 はじめはニコニコしているのだが、語るうちに自分の境遇の不幸が際立ってきて、半べそになる。

 いや、単に訴えるための強調という域を出ている。「いつもわたしだけ」「わたし、ばかなんだよ」「ちっともわからない」「ぜんぜんだめなんだ」などと自分を全否定し、自分で頭を小突くようになってきた。

 小学校一年生。一学期のように「学校がいや」「引っ越したい」「転校したい」とは言わなくなり、毎日遅刻ののろのろだが、欠かさず行くようにはなっていた。相方のキューちゃんか、時おり私が、毎日、送っていってはいるが、それが無理を強いているのかも知れない。朝の「あたまがいたい」「おなかがいたい」も、もう慣れっこになって、あまり気にしなくなっていた。

 深刻だ。

 

 2 

 最初、ドラえもんの見過ぎかと思っていた。のび太に同調してしまうのだ。

 おかげであやとりが大好きになったのはいいものの、あの世界、のび太くんはバカにされてばかり。みんなから笑われ、からかわれ、先生はしかるばかり、親は怒鳴るしか能がない。受け入れてくれるのは、思い出のおばあちゃんとドラえもんだけ。

 でも、そのギャグがおもしろいのか、いろんな道具が興味深いのか、様式に固まりきった物語り構造が安心できるのか、何度も何度も見る。ドラえもん道具図鑑はもうすりきれそう。

 それで、なんでも「できない」「笑われる」で枠づけられてしまうのだ。

 ・・・というように最初は推測していたりしたのだが、どうもそれではないようだ。いろいろな言い回しやボキャブラリーをそこから得ているのは確かだが、まぁ、いわゆるところの「メディアの影響力」に支配されきってしまうほど、こどもも受動的な存在ではあるまいて。

 話を聞くうちに、「いじめ」や「からかい」、あるいは物理的な「暴力」とは逆、教室ですすめられている「たすけあい」や「やさしさ」が原因ではないか、と。

 

 3

 先日の朝、不安になったらしく、送っていってくれという。一学期ほどぐずぐずはしないが、なんだか足取りは重い。遊びを入れ、かけっこにして行ったが、昇降口のところでぴたっと止まってしまった。小声で言う。

 「ふあんていだから、みていて」。「きゅうしょくまで、いていいよ」。

 久しぶりにつきあいますか。

 なんやかやで、ここのところ、土日以外はあまり遊べていない。夕べは遅くもなってしまった。そのツケというものだろう。本当にいやなことがあったかどうかはさておき、聞いてほしい、見てほしいもあるだろう。

 スリッパにはきかえる。教室では、一時間目はまだだが、もう、本の読み聞かせタイムが始まっているのか、声が聞こえてくる。最近の教育方針なのだろう、戸は前も後ろも開け放し。机はいちばん前なので、前からそろっとマーを送り入れると、私にとってはびっくりすることがおこった。

 マーが足取りも重く机のところに近づくや、両隣の男の子2人がさっと立ち--そのうち1人はいつもうちでグチの対象となるAくんだ--重たいランドセルをおろすのを手伝ってくれ、そればかりか、ランドセルの中から教科書やら漢字練習帳やらノートやらをとりだして机の中にどんどん入れてくれる。

 こういうのが前にもあった。遅れていったマーを昇降口で見つけるや、やはり男の子数人が取り巻いてきて。そのときは、まー親切な男の子たちもあったもんだ、マーは案外に人気者なのか?、という程度に見ていたのだが・・・

 

 「やさしさ」をクラスですすめているのである。

 やさしさに気づいたら、その人に拍手する。帰りの会で、そういうのをやっているらしい。

 通信によれば、まだまだ自分のことで精一杯、周囲に気配りもできないけれど、やさしさを見つけた日にはクラスがやさしい雰囲気に包まれます、とか。

 まぁ、自分ばかりのことではなく、周囲の様子に注意するのは大切なことだろう。それはそれで大切なことだ。

 けれど、ちょっと遅れて「しまった」と思っている子にとりついてあれやらこれやらと世話をやくのは、その「しまった」感を強めてしまうのではないだろうか。

 そういえば、授業中の練習などでも、「早くできた人が遅い人を手伝ってあげる」というのがあった。

 正直、これはやめてほしい。

 マーは「自分でやりたいさかり」なのだ。親の私たちだって、へたに手を出すと「自分でやりたかったのに!」と、「超」レベルで怒られる。しかも、凝り性ペアの娘、字が少し曲がったとかが気になるらしく、何度も何度も書き直し、作業のほとんどでいちばんビリになる。

 親切とは、「自分ではいかんともしがたい状況に陥って困っている人」とかSOS信号を出している人に対してするものであって、「自分でなんとかしようとしている人」にやたら手を貸すことではあるまいに。

 原因はこれだ、これだけではないかもしれないが、少なくとも大きな要因の一つにちがいない、と思った。

 

 さらに翌日、キューちゃんが迎えに行ったら、昇降口に出てくるや、今にも泣きそうだったとかで、その場で居残り、急ぎ先生と面談してもらった。

 彼女も同じ意見。自分でやりたいので、あまりに世話をやかれるのがいやなのではないか、本人は、保育園時代など、小さな子の面倒をみたりしたくらいなのに、幼稚園では身体が小さいというだけで、ごっこ遊びの妹役や赤ちゃん役を強いられ、いやな思いをしたようだ、等と伝える。

 自分を目下にしたてあげることで周囲が「おねえさん」になっていく。この序列化の苦痛だ。

 作業がおそいのは、100点でも赤ペンで直されるから、あるいはじっくり考えたり丁寧にやりたいからであって、わからないからではない。家庭ではお絵かきなんか1時間以上もとりくんだりする。無制限というわけにはゆかないだろうけれど、すこしはそのペースを尊重してもらいたい、と私も思う。

 

 4 

 お友達がなければならない、お友達同士はやさしくしなければならない、という雰囲気が、とても重い。

 

 教科書に載っているおはなしも重たい(と私は思う)。

 熊の子が貝殻をひろってきた。ウサギの子に、どの貝殻が好き? 尋ねると、しまもようのが好きだという。困った。桃色のが好きという答えなら、おみやげにあげようと思っていたのだが、熊の子もしまもようの貝殻がいちばん好きだったのだ。一晩考えて、熊の子がもってきたのは、しまもようの貝殻。大切な友達だから、いちばん好きなのをプレゼントすることにした、という。よろこぶウサギの子を見て熊の子もうれしくなりました、と。

 --さあ、「ありがとう」というウサギの子が、それに続けて何か言うとしたら、なんて言うでしょう。見ていた日の「こくご」の授業ではそんな作業になった。

 

 私が一年生だったら1行も書けないだろうと思った。

 自分の周囲にそんな現実がない、というか、なぜそんな親切なことをしてくれるのか理解できない。

 マーもそうだったらしく、他の子がどんどん書いて「先生、できました」という声が挙がり始めても、鉛筆を持ったまま、こおっちゃっている。

 (おみやげを自慢ばかりするスネ夫のび太ならどう反撃するか、という問題だったら、喜んで取り組んだだろう)。

 

 私が一年生だったなら--実は、私は6歳の4月にみんなと一緒に小学校に入ったわけではなく、すこし遅れて入学したのは覚えているのだが、入学後しばらくの記憶がまるでない。だから、どうもあやふやな想像にすぎないのだがーー「いらない」という答えを、たぶん思いつく。

 保育園のころ、同級生が持っていた手裏剣のおもちゃがほしくてほしくてたまらなかった私は、つい、それを盗ってしまう夢さえ見たことがあったからだ。それで、人が大切にしているものをむやみにほしがっちゃいけない、と思うようになっていた。

 やたらほしがってはいけない、というのはマーも同じらしく、お店で「これ買って買って買って~」の座り込みは何度もあったけれど、子育て支援スペースなどで他の子とおもちゃの取り合いひとつしたことがない。ぶつかりそうなら、自分から手を引く。これまで、小さな子に囲まれた保育所もあったりして、まず遠慮、が身についているのである。

 だから、小さな子にゆずるのは理解できる。が、「おともだち」--この言葉も要注意で、マーにとり、幼稚園以来、「おともだち」とは同級生の同義語、「別に仲良いわけじゃないクラスメート」を言い表す言葉をまだ知らない--が、なぜそんな親切なことをしてくれるのか、わかりづらかっただろう。

 それに、そもそもマーは「貝殻」を集めにいったことが、まだない。2011年に1歳だった。海に近づける状況ではない(仙台在住)。この夏、初めて海水浴場に行った。貝殻の縞模様とか桃色とか言われても、想像しづらいだろう。科学図鑑はよく見ていて、恐竜とか惑星とか草花なら詳しいのだけれど。(津波被災地でもこの教科書を採用しているのだろうか?)

 私だったら--この中では縞模様のがいちばん好きかもしれないけれど、そもそも貝殻がほしいと思っていたわけじゃないし、とってきてと頼んだわけでもない。桃色と縞模様と、本当に好きなのはどちらか、実はあまり自信がない。だいたい、自分が熊の子くんをそこまで好きかどうかもわからない。けれど、「いらない」とか「困ったなあ」が先生がよろこぶ答えじゃないということも、想像できる。そういう状況に陥ったかもしれない。

 これは、6歳児の推論能力を過小評価した教材、あるいは、規範の伝達を目的にした教材ではないだろうか。

 

 はい、っと手が挙がる子の答えは過剰同調のものがめだつ。「こころのこもったぷれぜんとだね。たいせつにするよ」。

 先生はそれをほめたけれど、私は「こんどおれいをしなきゃね」も素晴らしい答えだったと思う。

 一方的に「贈与」されるばかりの心痛を想像してみるべきだと思うのだ。

 

 5 

 マーは、一方的にやさしくされるばかりの状況、言い換えれば、「やさしさ」の推奨が「だめな子探し」になっている状況、もっと言えば、やさしくして拍手を得ようとする一部の子の態度が、自分をかわいそうな子、だめな子におとしめること、それがつらく、悔しかったにちがいない。

 近々、先生にそのことを話して、相談するつもりでいる。

フマンがあります: 学校が嫌いないろいろな理由

おっと・とっと 子育て

 「学校きらい! もう行かない!」。

 いろいろ話を聞いてみる。妙に表現力の進歩に感心したりする。

 

 見せつけられ説

 「鉄棒のところでKちゃんが、やってよ、って言うの」

 マーにはできないことをするように言われるのだという。

 「マーがお勉強しているのに途中でAくんが答えを言っちゃうんだよ。マーは自分でやりたいんだよ」。

 「みんなに笑われるんだよ」。

 幼稚園のころにもブランコで似たようなことがあって悔し涙を流した。「立ち乗り」ができるかどうかが深刻な問題だったのだ。

 「できる」を見せつけてくる子には、えてしてすこし離れたお兄さんかお姉さんがあった。その子たちも差を見せつけられる悔しさをかかえているのだろう、と想像したりもした。

 小学校でも、先生の目が行き届かないところで、そういうことが起こりがちなのだろうか・・・と思ったら、

 

 ルール不在説

 「鉄棒の練習していると、隣に来られて、よそへ行かなきゃいけないんだ」。

 「よこはいり(割り込み)する子がいるんだよ」。

 もともとマーは規則にうるさい。私の運転する自動車が黄信号で交差点に入ってしまっても「きいろだったよ」とか言う。「じゅんばんばん」はいつも言って聞かせていることだし、育児支援施設などではおもちゃの取り合い一つしたことがない。そんなマーは、決まりやお約束を意に介さない子が大嫌いだし、規則違反の振る舞いを見るのも大嫌い。それを先生や大人が見過ごすことが、もっと嫌いだ。

 「ブランコしようと思って待っているのに、いつまでもゆずってくれないんだよ。いつもできないんだ」。

 なるほど理不尽な話だ。

 「ジャングルジムの滑り台をしようと思っても、二年生が、一年生はやっちゃだめって言うんだ」。

 休み時間が暗黒続きだったということか。4月以来。

 そりゃあ楽しくないわねえ・・・と思ったら、

 

 孤立説

 「いーれーてって言ってみれば?」と提案してもみるが、いかにも重荷だ。

 マーには近所の知り合いも幼稚園の同窓生もいない。クラスの全員、そして学年のほとんど全員が、新学期に初めて出会った人ばかりなのである。

 顔見知りが一人もいない状況に放り込まれたら、大人だってひっこみがちになる場合があろう。私なんか絶対にそうだ。

 そもそも、「未就学時代」が完全に分断されている。保育園と幼稚園。延長保育のある幼稚園とそうでない幼稚園。うちの場合、同じ幼稚園からこの小学校に入ったのは、学年全体で、マーを含めて二人だけだった。

 100メートルほどの近所に実は同級生もいたのだが、私たちはまる6年のあいだそれを知らなかった。入学し、子ども会に入って初めてわかった。

 他方、地元の保育園などから大勢で入学してきた子たちもある。その子たちがみな仲良しというわけでもないだろうが、クラスの中の「班」でそういう子たちに囲まれると、やはり孤立感を味わうようだ。

 「じゃあ相談に行ってみよう」ということで学校に連れて行くと、担任の先生は、「じゃあ、今度、一緒に鉄棒しよう」と言ってくれた。まぁ毎回そうするわけにもゆかないだろうけれど、まぁ、「気にかけていてくれる」だけでも雲泥の差であるにちがいない・・・と思っていたら、

  

 負けず嫌い説

 「お父さん、気づいたことがある。鉄棒、ブランコ、滑り台って、みんな、先生がいないときの話じゃない? 先生が見てくれてないところでイヤなことがあるんだ」。

 「おお! なるほどおー・・・でも、先生がいてもいやなことがあるよ」。

 「ふんふん、どういうことかな」。

 「お勉強のとき、先生が、はやくできた人は、まだできてない人に教えてあげて、って言うんだ。マーはまだやっているのにAくんが答えを言っちゃうんだよ」。

 先生の指示だったのか。なるほど、と私たちには腑に落ちるものがあった。

 マーが名前をあげたKちゃんやAくんは、先生からすれば、むしろ、よく気の付く親切な子たちで、みせびらかしとかいじわるには見えない、ということだった。しかし、それでわかった。先生からすれば良い子たちの親切な行動でも、マーにとっては屈辱だったのだ。

 マーは泣き崩れた。

 「マーはいちばんできない、だめな子なんだよー、ワー(号泣)」。

 そもそもマーは負けず嫌いだ。私たちでも、へたに手伝おうものなら「自分でやりたかったんだよ!」と激怒される。先日、自転車(補助輪つき)の練習でも「自分でできたーできたー!」と小躍りしたばかりだ。

 これみよがしの子がいるのではなく、先生が指示したことだったとしたら、難題だ。それにしてもなんでまた、ひとりでやりたい盛りの年頃の子に、そんなことを。

 「だめなんかじゃないぞ、ひらがなのプリントで100点もらったじゃない」。

 「ほんとうは100点じゃないよう。なおされてるもん」。

 たしかに赤マジックで模範例を書き込んであったりする。そりゃ、いくら6歳児でも文字通りの100点とは思わないだろう。

 当初、「先生がニコってしてくれるから好き」と言っていたのだが、だんだんそう言わなくなっていた。

 そうこうしているあいだにも、毎日一枚ずつあるプリントの「宿題」が着実にたまっていく。もう何枚になったろうか。これ自体、気の重くなる話だろう・・・

 と、思っていたら、

 

 ともだち幻想説

 幼稚園ではクラスメートのことを「おともだち」と呼んでいた。なにかにつけ主語は「みんな」だった。

 「おともだちではない同級生」を指す言葉をマーはまだ知らない。

 「おともだちが遊んでくれないんだよ」。

 そこだけ聞くと仲間はずれになっているように聞こえる。しかし、「誰と遊ぼうって言ったの」と尋ねると、「いろんな人に言ったから誰だったか覚えてない」そうだ。

 「それはね、まだおともだちじゃないってことだと思うよ。これからゆっくり、ともだちになればいいんじゃない? それに、おともだちは一人か二人いればいいと思うよ」。

 「でもね、おともだちになろうって言う子がいたんだよ。なのに次の日、遊んでくれないんだ」。

 「その子、なんていう子?」。

 「よく知らない」。

 どうやら、その子も、あちこちで「おともだちになろう」を連発しているらしい。

 なるほど、一年生になったら「ともだち100人」できるかな、という歌も、こうしてみると裏目である。

 まぁ、孤立しているのはうちのマーだけじゃない、ということかもしれない。

 「だからマーだけじゃないんじゃない?」

 「マーだけだよう! ワーン」

 おともだち幻想からどうやって抜け出すべきか・・・と考えていたら、

 

 置いてかれ感、説

 とにかく気ぜわしかった。

 毎日、淡々と授業が進んでいくようなわけではない。今日は集団健診、今日はなかよし学級、今日は運動会の予行演習・・・のように、「行事」がけっこうある。時間割がその日になって変更になったこともあった。

 もともと、子どもは予定が途中で変わることが苦手なものだと思う。

 毎日のペースがつかめる前にどんどん行事が入ってくるのは、私だってイヤだ。ちょっと乗り遅れていると、たちまちワケがわからなくなるのではないだろうか。いま学校に行ったら何が進行しているのか予想できない。これは不安だろう。

 休む→すこし罪悪感や劣等感がある+おいてけぼり感が増す→顔を出しにくい→休む、というスパイラルが発生してしまっている面もあるだろう

 そのうえ、「代表」というものが幼稚園時代にはあった。行事ごとに異なるのだが、まあとにかくクラスの「代表」として、何かしたり言ったりする。たとえばお遊戯会のとき、開会のおりに、保護者席に向かって「今日はごゆっくりごらんください」のような挨拶をする、といったように。これは、できるだけ特定の子に偏ることなく、いわば順繰りにあてられる。

 マーは年中からの編入園(?)ということもあったのか、なかなか「代表」がまわってこなかった。他の子、とくにライバルの子が代表になるのに自分は代表になれない。そこにおいてけぼり感覚が発生したようだった。

 小学校でも、なかなか「代表」や「リーダー」になれないとぼやいていた。

 「代表とリーダーはどっちがえらいの?」

 「なんの代表、どんなリーダーか、でちがうんじゃない?」

 「1班の班長がAくんだから、ろくでもないよ。誰を代表にするか決めるとき、Aくんが、自分がやりたいと言って、班長になったんだよ。マーもやりたかったんだよ。でもそう言えなかった」。

 どうもこのAくんがマーにとっては「天敵」らしかった。ときどき「マーちゃーん」と何人かの男の子が駆け寄ってきたりするから、けっこう人気者なのではないかと思うが、しかし、マーとしては、その手の子がまさに気に障る存在らしかった。Aくんはその1人だった。

 担任の先生は、しょっちゅう「班」とか「席」を入れ替えて、問題的な関係が固定しないように気を配ってくれた。

 加えて「代表」問題についての先生の工夫は見事だった。ある日、夕方、誰もいなくなった教室で面談の時間を作ってくれ、「じゃあクラブを作ろう」という話になった。

 他にもいろいろ、おりがみクラブとか工作クラブなどを作り始めていたのだが、マーの得意なピアニカの練習をする「けんばんクラブ」を作り、マーがその「部長」になって、部員を募集する、というのだった。さっそくポスターも作って貼ってきた。

 「なるほどねえ、知恵があるねえ」

 感心してみていたら、次の日、「入部希望」のところにひときわ大きく、「A」くんのサインがあった。

 はてさて・・・

 

 最後は多少むりやりに

 そんなことが7月上旬から7月中ごろまで。

 このまま夏休みになるのはさすがにまずい。先生が対応してくれていることもあるので、すこし力わざのオンブで連れて行った。

 昇降口に着いてもいやがっていたが、そのうちなんとかなった。

 翌日、同じようにしてみたら、それほど抵抗しなくなった。

 翌々日、だんだん大丈夫になってきた。

 すこしは「やれる」という自信にもなったようだった。

 話を聞くのも大事だが、それがそのまま家に係留することになってもいけなかろう。その加減が難しい。

 

 「ゆっくり、焦らず」とはよく言うけれど

 マーの行動にはかならず理由がある。「わけがわからない」ことなんか絶対にない。ただ、それがはっきりしないだけ。いや、どれも本当のことを言い当ててはおらず、ただちょっとくたびれてきただけ、かもしれない。

 私たちがうろたえていてはいけない。どっしりかまえなきゃ。

 私などよりよっぽど立派。こんなにお話ができ、考える力のある子に育ててきたことを、誇りにするべきなのだろう、とも思う。

 けれども、一週間ほど行かないだけで、どれだけ「なぜこんなことに」とうろたえてしまうことか。そのうろたえが、子どもにどれだけ「お前がどれほどだめになってしまったか」と語りかけてしまうことか。親の態度の問題もあったろう。

 さらに、父=夫側から「ゆっくり、焦らず」を言うことが、どれだけ妻=母に対する負担の押しつけになってしまうことか。

 ま、そういうわけで、とりあえず仕事をカット。家庭時間を増に転じないと。

 もちろん、その時間的・精神的なストレスは「なんとかする」しかない。その点、こういう趣味があって良かった。「作品」のネタにできてしまうのだから。